映画『Perfect days』。
ずっと見たいなと思っていたのだが、地元の映画館でやっと上映が開始されたので観てきた。
監督はヴィム・ヴェンダース、主人公・平山を演じるのは役所広司さん。映画のあらすじはこんな感じ。
東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていた。同じ時間に目覚め、同じように支度をし同じように働いた。
その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。
その生き方は美しくすらあった。
男は木々を愛していた。木々がつくる木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。(PERFECT DAYS公式サイトより引用)
(以下、ネタバレを含みます)
「Less is More.」
平山さんを見ていると、そんなことばが思い浮かんだ。
そして自分にとっての幸福とは何か、よく分かっている人なのだなと思った。
わたしたちは生きていれば自然に、何をするか、何を得るかとプラスのことばかり考えてしまう。でも、何をしないか、何を持たざるか。ときには選択的に引き算することも必要なのかもしれない。
映像は美しい。
ただ、日本の現実に向き合わなければいけない気がしていたたまれなくなるシーンも。トイレで泣いている男の子を見つけ、母に引き渡すシーンなんか見ていて切ない。作家の川上未映子さんは、平山さんを「選択的没落貴族」とあらわしている。くわしくはぜひパンフレットの対談をぜひ読んでみてください!
ことばと、それ以外が語るもの
淡々と続く日常。静かに、穏やかだけどひたむきに生きる一人の男性の生活を中心に描いている。
この映画は、とにかく主人公・平山(役所広司)のセリフが少ない。
ふだん、ことばを生業にしているからこそ、ことば以外の表情、仕草が語るものの多さに圧倒された。
「何を書いて、何を書かずにいるか」
ことば以外でもこんなに能弁に語るとことができるのだからこそ、もっと突き詰めて考えたい部分だなと思った。
東京の東側のエリア
主人公のアパートのある押上エリア、浅草駅の中にある居酒屋、近所の銭湯、古本屋、写真屋、首都高の風景、隅田川沿い、下北のガヤガヤした感じ。
映画で平山さんの生活圏として描かれている東京の東側、いわゆる下町と呼ばれるあたりは千葉に住むわたしにとっても電車で出やすいため、馴染み深い場所が多い。
遠くに佇むのを見るのもいいけど、下から見上げるスカイツリーって、なんかいいですよね。
平山さんが朝、出勤のためにアパートを出るとき、必ず何かを見上げて目を少し細めるんだけど、その表情が毎回いいなぁと。「あーわかるなぁ、この感じ」と思って見ていた。
でも、顔を上げることって、日々が満ち足りていることを感じながら生きていないとなかなか難しい。過去のわたしを思い返せば「このままでいいのだろうか」とやたらと焦燥感に駆られていた頃は、きっとうつむきがちだった。
だから、平山さんは自分にとってPerfectな日々を過ごしているんだろうなぁ。
今は今
映画のなかで「今度は今度、今は今」というセリフがある。姪のニコちゃんと自転車に乗りながら歌い叫ぶ、好きなシーン。
淡々と、そして延々に続くようにも思える日常。でも1日として同じ日はなくて。やっぱり、「今」が愛おしく感じられる。
ただ、「日常生活が好きだ」というと、なんだかやたら家庭的?なイメージを持たれる気がしている。でも、それは「今いる場所で幸せを感じるには?」と考え続け「今を味わい尽くすしかない」と思い至ったまでのことだったりもする。
「味わい尽くす」なんてちょっと強くて貪欲なことばなのかも……? 平山さんのようにまわりの評価に左右されず、自分の生活を営み、揺らぎの少なく腰を据えた人間でありたい。
木漏れ日と音楽
映画の中には木漏れ日のシーンが数多く出てくるのだけど、「木漏れ日」ということばは日本独特の表現らしい。知らなかった! 木々の合間から漏れる日の光。
木漏れ日は日常のささやかな美しさの象徴のようにも思う。
セリフが少ない分、音楽の存在もいっそう際立つ。
映画の中で流れる音楽は、流れ出すタイミングも、選曲もグッとくるものばかりだった。やっぱり音楽ってすばらしい…! 映画のなかでも話題のSpotifyで探したら映画のプレイリストが見つかった。しばらくリピートする日が続く予感。
上映が終わると、家へ帰ろうと足早に映画館を後にした。家族は今、わたしの日常にとってはなくてはならない存在だ。
ただ、人は一人で生まれてきたように、最後は一人で死ぬのだろうと思っている。
一人時間も必要だけど寂しがり屋であることも自覚しているわたしは、いつか家族が巣立って一人になる日が来たとしても寂しくないように、料理をし、書き続けているのだろうなと思う。
そんなことを考えながら地元の駅に降り立つと、田舎の駅なので週末でもひとはまばら。それぞれの人にその人の「世界」があるんだろうなぁと思った。
いつもと同じ駅、いつもの景色なのに少し違って見える。
映画のパンフレットの、このことばがじんわりと心に響いた。
1日を追う。
そしてそれは繰り返される。
けれどそれは彼にとっての繰り返しではない。
いつもすべてが新しいのだ。
そう。いつもすべては新しい。そのことを、いつだって思い出して生きていたい。
-余談- 映画という表現
個人的に、文章や写真、音楽それぞれは好きなんだけど「目で見る映像+耳で聴くことばや音楽」その両方がぎゅぎゅっと詰め込まれた映画という表現は、なんというか、ものすごく感情が揺さぶられて、刺激が強すぎて。特にドラマよりも映画は作り込まれている分、強いエネルギーが乗っている感じがする。
感情を揺さぶられるから観終わったあとの疲労感がすごいのと、しばらくその内容を引きずってしまう体験を幾度か経て、実は積極的には観てこなかったところがある。
それと単純に子どもが生まれてから、移動を含めて3時間近くまとまった時間を取りにくくなっていることもある。
でも、こういった淡々と、でも美しさのある作品はいつまでも観てられるなと思った。そしてセリフが少ない分、思いを巡らせる余白も多い。
「日常」をテーマに大きく事件が起こるわけではなく、でも人間臭さのある美しい映画。そういった映画があればもっと知りたいな。
映画公式サイトは映画の世界観を感じられて、つくりにもこだわって見入ってしまった。映画を見たあと、ぜひ訪れてみてください〜。
上映期間中、タイミングが合えばもう一度映画館に行こうかなと思っている。またあの空気感に没入したい。
わたしは、何度でも見たいと思う映画でした!
「#34 自分にとってPerfectな日々を」への 3 件のコメント
こんにちは。私も、この映画を何度も観たいと思いました。この映画の感想を拝読させていただいて、とても共感することばかりです。私の父親は、会社の社長をしていた時に、会社の全てのトイレを掃除していました。そんなことも重ねながら、自分にとっての幸福ってなんだろうと、映画を観ながら、とても考えました。平山さんが、朝早く、アパートを出る時に、必ず何かを見上げるシーンがすごく好きです。私は、急いで生きてきたから、そういうことができる日常を送りたいです。ゆらぎもあるけれど、最後は自分にちゃんと戻れるし、いつも新しい気持ちで、生きていきたいです。
恭子さん
感想を届けてくださりありがとうございます!泣
「共感ばかり」と言ってもらえ、うれしいです。
お父さんの会社は、きっといい会社だったんだろうなと想像できます。
わたしも平山さんを見習ってトイレ掃除をする気持ちが変わりました。
「ゆらぎもあるけれど、最後は自分にちゃんと戻れるし、いつも新しい気持ちで、生きていきたい」
これも、とっても共感します……!